55期 夢叶えプロジェクト

皆様の力を借りながら、利用者・入居者の人生最後の思いのために力を貸していただきたいと思います。

居酒屋に行ってお酒が飲みたい

Kさんは幼少期瀬野川で育ち、母親を早くに亡くし厳格な父の元で育つ。学生時代は、授業を抜け出し流行の映画を見に行ったり、隠れてタバコを吸ったりと悪さもみられる。戦争中は飛行機が墜落、30・40代ではバイク事故を起こすなど、数奇の運命を辿る。
奥様と出会い結婚。二人娘の父となり、情深い警察官として働く。酒とタバコは大好きで酒を呑み過ぎ娘に怒られ、奥様には頭が上がらなかった様子。ギャンブル・浮気はなかったと聞く。
定年退職後、官舎から高陽へ自宅を移す。平成8年頃、最愛の奥様を亡くし、10年程一人暮らしをされる。週一回程度2人の娘が食事や洗濯を行うが、掃除・食器洗いはまめにされていた。タクシーでお酒を飲みに行っては玄関先で転ばれ、近所の方が娘に連絡してくれていた。

ふじの家川内に平成18年2月に入居。入居当初は引きこもりがちで、対人を好まず、入浴・更衣もままならなかったが、タバコを吸う為に居室から出ることにより会話も少しずつ増え、歩行練習をしたりと意欲が向上されてきた。
その後、車椅子を自分の足で漕がれるように、そして歩行器で歩いて移動されることも出来る様になり、現在は、2人の娘さんの面会と昼・夕食時のお酒と1日3回の喫煙を心待ちに、毎日を過ごされている。
Kさんのして見たい事や夢は何ですか?
Kさん :「毎晩、晩酌はしているけど、居酒屋に行ってお酒が飲みたいんです。」
スタッフ:「行ってみたい所がありますか?」
Kさん :「横川駅のひょうたんの看板がある『ひさご』に昔はよく行っていた。」

平成22年3月31日

スタッフは、本人の記憶を辿りに横川駅周辺の1階でひょうたんの看板があるお店を探したが、見つからず、横川駅前交番に相談するも見つからなかった。

4月2日

 

スタッフが、インターネットにて店を検索すると可部駅前に該当店を発見した。
「Kさんは可部に住んでいたし・・・ひょっとして、横川駅ではなく、可部駅では?」と思い、可部駅へ向かう。
そして、スタッフは、可部駅前のひょうたんの看板があるお店「ひさご」を見つけた。

しかし、「ひさご」は、廃業していた。

4月10日

スタッフは、面会に来られた次女に、昔よく行かれていた店を聞くと、可部の「ひさご」と言われる。次女もKさんの行きつけのお店をご存知だった。その他のお店を聞くと、思いあたりが無いようで、後日教えてくださる事となる。

4月14日

スタッフが、Kさんに「ひさご」以外に昔よく行かれていた店を聞くと、流川の屋台(おでん屋)に行っていたと言われる。

4月17日

スタッフが、面会に来られた長女に、「ひさご」以外に昔よく行かれていた店を聞くが、心当たりが無いとの事だった。 スタッフは、プロジェクトリーダーと相談し、Kさんの夢の場所「ひさご」は無理だけど、他の場所で「居酒屋に飲みに行きたい」という夢を叶える事にした。

4月29日

スタッフが面会に来られた長女と次女お二人にプロジェクトの内容をご説明しご理解を頂く。
「そう言う事を父にしてもらえるのは、とても嬉しい。」と言われ家族の参加も快く了承される。
長女・次女は、「流川は、本人が疲れるのではないか?」とKさんの体調を気遣われた。
「もっとも、ふじの家川内近辺の大衆居酒屋で充分ではないか?」と言われ、川内近辺の古びた大衆居酒屋を探しだし、5月15日『さつま路』に決行する事となる。
スタッフは、「ひさご」を断念した経緯とKさんの居酒屋に飲みに行きたいという夢を叶えるための助っ人をふじの家川内の職員に公募した。
すると職員から、自分のおばあさんが、「ひさご」の店主と知り合いで、お店は廃業したけど、仕出しを行っていると聞く。お店はそのままの姿であるため、Kさんのために1日限りの特別営業をお願いできないか聞いてもらう事とした。

4月30日

ふじの家川内にKさんを訪ねて2名の来訪者があった。
「ひさご」の店主と女将さんだった。
2人は「ひさご」を愛してくれたKさんを覚えておられ、1日限りの営業は無理だけど、Kさんに是非会いたいと来られたのだった。
Kさんは、店主の苗字を言われ、昔話に花が咲き再会を喜ばれた。
Kさん:「本当に、お世話になりました、ありがとうございました」
店 主:「いつもKさんに助けて頂いていました、ありがとうございました」と。
女将さんから、仕出しは営業しているので、懐かしい味を是非食べてくださいねと言われ、何度も手を握り、笑顔で「よかった、よかった、ありがとうございました」と言われた。

5月8日

次女・長女が面会に来られる。
Kさんの居室には、15日に「飲み会」と大きく書かれていた。

5月15日16時

スタッフが長女・次女を自宅に迎えに行き、ふじの家に到着。
Kさんは、よほど心待ちにしていたのか、落ち着いて煙草を吸う状態では無かった。

5月15日17時

Kさん・長女・次女とスタッフと助っ人職員が緑井の「さつま路」にむけて出発する。

5月15日17時30分

昔懐かしい居酒屋の面影の残る「さつま路」に到着し、掘りコタツ席に着席し、Kさんと娘2人の飲み会がスタートした。
Kさん:「私は、焼酎でお願いします」
次 女:「今日は飲んでも大丈夫だからね、企画してもらったんだからね」
Kさん:「いいですねぇ、外に出るのはいいですねぇ」
スタッフと助っ人職員は、カウンター席で、Kさん家族の楽しそうな雰囲気を見て、心底喜んだ。

5月15日18時

「さつま路」にプロジェクトリーダー・ケア事業部部長を含めた3名もカウンター席に座り、Kさんが楽しんでいる姿を見て、このプロジェクトの成功を感じた。

5月15日19時

「そろそろ、帰りましょうか」と長女が言う。
次 女:「本当に、このような企画をしていただいてありがとうございます」
Kさん:「はい!」「はい!」「はい!」お酒で顔を赤らめながら、眼を閉じてウトウトしている。
Kさんと娘さん2名、スタッフと助っ人職員は乗車し、ふじの家川内に帰宅。

5月15日19時30分

Kさんは、さつま路で目の前に、禁煙ではなく「節煙に心掛けましょう」と張り紙がしてあったため、ゆっくりと煙草が吸えなかったようで、帰宅後まずは一服と、喫煙場所へ行く。
Kさん:「本当に良かった、毎日でも行きたい」と言われる。
スタッフは、娘さんを自宅まで送り届ける。

5月15日20時30分

スタッフが、すべてを終了し、ふじの家に戻ってきた。
ひとつの小さな夢が叶った。
Kさんの普段見られないような楽しい笑顔や家族との会話が垣間見れただけでも良かった。
Kさんの記憶を辿ったひょうたんの看板があるお店からはじまり、「ひさご」の店主と女将さんに再会し、近所の居酒屋で娘2名とお酒を酌み交わした事が、Kさんの長い人生の中の1ページに刻まれた。

「ひさご」さん、「さつま路」さん、長女さん、次女さん、ありがとうございました。 そして、Kさん、ありがとうございました。

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